札幌北斗高校について

札幌北斗高校のあゆみ

空に輝く創立90年の伝統

札幌北斗高校は2018年に創立90周年を迎えました。

本校のあゆみ

品位ある敬愛に満ちた自律的で創造的な自立する女性を育てる」を 建学の精神とし、1928(昭和3)年に「札幌岡裁縫女学校」として開校しました。

開校前後

結婚して1階に夫「岡福一」の理容室が、2階に「岡テヂ」の私塾「岡裁縫教授所」(南4条東4丁目)が開かれました。1924(大正13)年のことです。高度な裁縫技術の他に、他の裁縫教室ではしない礼儀作法・お茶・お花・簡単な算術を分かりやすく教え、評判が広まり、入塾者が増えていきました。生徒たちは、「女学校」に憧れ、「私塾」から「女学校」にして欲しいとテヂに懇願しました。それに応えたのが、小学校の教員をしていて早逝した長男から教育の大事さを知らされていた岡テヂの父「岡半蔵」です。「札幌岡裁縫女学校」を道庁に申請し、1928(昭和3)年6月27日に許されて開校しました。岡半蔵は、さらに翌年、生徒数増大に対応して現在の北15条東2丁目にあった全ての農地を校地と校舎に投じて移転させ、1930(昭和5)年2月28日文部大臣認可校「北海道女子高等技芸学校」と改名していきます。

教育理念

実業教育

*家族や自分の家庭を支えるために、手に職を身につける(自分の技能を生かして、人のために役立つことを自分の幸せとする)

女性教育

*女性らしくも、たくましく生きていける知識・知恵を身につける(謙虚で愛情深く、凛とした生き方を誠実に直向きに歩む)

通学していた女学生たち

当時の「女学校」は良妻賢母になるため、裕福な家庭や官吏の子女が入学することが一般的でした。しかし、「札幌岡裁縫女学校」には庶民の子女が多く通学していました。夫を亡くした婦人も家庭を支える技能を学ぶために入学しました。また、教員免許を取得できるコース(師範科)がありましたので、他校を卒業してから再入学する人まで集まったそうです。このように岡の女学校はまさに自立を目指す女性の集まる所でした。

本校は、家柄・貧富・宗教に関係なく女性の誰もが幸せになることを願った学校として、出発・発展したのです。


1924年「岡縫製教授所」の第1回修業記念写真

1947年寄宿生徒のひな祭り

1952年11月以降の校舎正面

1957年頃の校舎全景

北斗制服ヒストリー

女学校を前身とする札幌北斗高校は、制服にも歴史があります。
清楚な袴姿に始まり、セーラーカラーやオリーブ色など、そのときの時代を反映した制服で大勢の卒業生を送り出してきました。


まだ私塾だった1928(昭和3)の制服。袴の白線は女学生の象徴でした。

1953(昭和28)年から12年間は、このセーラーカラータイプ。
1991(平成3)年から7年間は山本寛斎デザインのオリーブ色の時代も。

沿革

1928年昭和3年 北海道庁認可「札幌岡裁縫女学校」として、札幌市南4条東4丁目に開校
創立者(初代校主)岡半蔵、初代校長 岡テヂ
1929年昭和4年 現在地に移転
1930年昭和5年 文部大臣認可「北海道女子高等技芸学校」に改称
1933年昭和8年 「札幌女子高等技芸学校」に改称
1946年昭和21年 旧制中等学校令により高等女学校に昇格し「札幌北斗高等女学校」に改称
1948年昭和23年 学制改革により「札幌北斗高等学校」に改称し「札幌北斗中学校」を併設する
1958年昭和33年 現在の校歌に制定
1959年昭和34年 被服科を廃止
1961年昭和36年 西校舎落成
1964年昭和39年 中学校・商業科を廃止し普通科となる
北校舎(現北ブロック)落成
1986年昭和61年 南校舎(現アネックス)落成
1991年平成3年 普通科を3(普通・進学・特別進学)コース制とする
1999年平成11年 男女共学となり、教育目標を「真理の探究・個性の顕現」に改定
普通コースを総合コースに改称する
訪問介護員3級養成研修事業者指定を受ける
新体育館(現メインアリーナ)落成
2002年平成14年 福祉実習室設置
2003年平成15年 訪問介護員養成研修3級課程開始
2004年平成16年 スクールカウンセラー配置
2005年平成17年 樽川グラウンド(野球場・サッカー場)完成(1万1千坪)
2013年平成25年 介護職員初任者研修事業者指定を受ける
2015年平成27年 新校舎着工、第2体育館・北校舎解体、北16条東1丁目駐車場造成、北16条東2丁目テニスコート完成
2016年平成28年 西ブロック・南ブロック落成
2017年平成29年 南校舎(現アネックス)改修・西校舎解体・北ブロック落成・校舎前駐車場・星の広場造成
2018年平成30年 校舎周辺緑化工事終了
創立90周年記念式典挙行

校歌ご紹介

作詞者の北海道大学名誉教授、国文学者の風巻景次郎は、校舎近辺を散策し、この詩を作ったそうです。
作曲は「小さい秋みつけた」「めだかの学校」「夏の思い出」などを作った、当時新進気鋭の作曲家、中田喜直です。3拍子の美しい旋律です。

作詞 風巻 景次郎/作曲 中田 喜直

空(そら)は とおく ひかり
星(ほし)は 学窓(まど)に たかし きよし
襟(えり)を ただせ ああ 北斗よ
いさぎよき つどいぞ
われら すがた うるわし
まもれ この 清楚(すが)しさ
この かがやき

土に 立ちて ともよ
ひとのために われと 尽(つく)せ
はげめ はげめ ああ 北斗よ
すこやかに すすめば
こころ いよよ けだかし
行(ゆ)けよ この 通路(かよいじ)
わがあゆみよ

瞳(ひとみ) 風に 冴(さ)えて
眉(まゆ)は あがる わかき 生命
磨(みが)け 磨(みが)け ああ 北斗よ
さわやかに 学(まな)べば
まなこ つねに 新(あたら)し
おもえ この よき校庭(にわ)
よき 明日(あした)よ

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指揮 佐々木 伸浩(編曲)
演奏 札幌交響楽団
合唱 札幌北斗高等学校創立60周年記念合唱団
場所 北海道厚生年金会館
日時 昭和63年10月3日(月)